

「たぬき玉・甲」


「あの…すみませんし。うちのチビを、知りませんかし…？」
「さあ…」
「そうですかし…どうも、お騒がせしましたし…」
怪訝そうな顔の通行人にお辞儀をしてその場を離れると、親たぬきは声を張り上げた。
「おーーーい…どこだしぃぃー……」
親たぬきが、子供を探して彷徨う。
1匹や2匹ではない。
複数の親たぬきが、いなくなった我が子を探している。
この町では、よくある光景だった。


チビたぬき玉をさらって様子を見るのが趣味だ。
親が泣きそうになりながら探し回る様子を眺めたり、
チビたぬき達が、親と引き離された不安からお互いの頬をモチモチし始めたり、幼い為まだまだ弱々しいジタバタを繰り返す様を見るのが好きだからだ。
場合によっては少し変化を加える。
最終的には返すようにして、親の反応を楽しんでいた。
今日拾ってきたのは５つのたぬき玉だ。
クーラーを効かせた涼しい部屋に置くと、
「ｽｩ…ｽｩ…ﾌﾟﾋｭｰ…」
安らかな寝息が聞こえてくる。
1匹が、ぱちりと目を覚ましたようだったが、快適な空間に油断して、再び眠りについてしまった。

そうして1時間ほど涼しい部屋で寝て過ごさせてから、アスファルトの上に放り出す。
さながら熱したフライパンのような地面の上で急激に体温を上昇させられ、驚くリアクションがまた可愛らしいのだ。
「ｽﾋﾟｨ…ｽﾋﾟｨ…ｷｭｳ？」
「ｷｭ…ｷｭｷｭ？」
「ｷｭﾜ…ｷﾞｭｳ！？」
「ｷｭﾜｧｧｧｱ⁉︎」
「ｷｭｳﾝ！ｷｭｳﾝ！」
安眠を邪魔され、寝ぼけながらチビたぬきはたぬき玉を解除する。
不機嫌そうに目を擦っていたのが、次第に熱い地面に触れて覚醒し、元気よくジタバタしながら泣き叫ぶ。
「ｷｭﾜｧｧｧｱﾝ！」
「ﾏ…ﾏ…！」
「チビ達ぃぃーーー！どこだしーーー！」
ゼェゼェと肩で息をし、熱中症になりかけながら、燃えるような熱さの屋外を這い回っていた親たぬきが現れる。
路面で仰向けに叫び狂う我が子らを見つけ、慌てて駆け寄った。
「あっ…チビ達いたし！」
「ｷｭｰｰｰ！」
「ｷｭｷｭｰ！」
モチモチと抱きしめられ、順番に親の胸へと泣き顔を必死にすりつける5匹のチビたぬき達。
だが突然、子を抱き寄せていた親たぬきの腕から力が抜けていく。
「よかっ…たし…」
「ｷｭ…？」
「ｷｭ、ｷｭ…」
熱中症になりかけていた親たぬきだが、安心したと同時に緊張が緩み、身体は支える力を失ってしまったらしい。
チビ達は押しつぶされないよう咄嗟に身をかわしたが、親はそのまま前に倒れ込んでしまった。
ピクピクと震えていたが、やがて動きを止めてそのまま他界した。
「ｷｭｳｳｳｳ⁉︎」
「ﾔ…ﾔﾀﾞｼ…ﾏ、ﾏ…！」
親の身体をモチモチと揺するが、反応はなかった。
ほとんどのチビが喋れるほど成熟もしておらず、エサを取る方法だってわからない。
ただただ、親の遺体を前にして泣き叫ぶ事しか出来ないのが現状だった。
倒れこんだ親たぬきの元から離れられず、5匹のチビたぬきもやがて空腹に倒れ、熱中症にかかって死んだ。



チビたぬきを見かけたら、不可逆のいたずらをするのが趣味だ。
親たぬきが、チビたぬきをクッキー缶の中に隠していた。
ベッド代わりにクッキー缶にのしかかって寝ていたが、寝相が悪く缶の上から転がり落ちてもまだ眠りの中だ。
親が重石兼防壁になっていた缶を持ち上げると、8匹で構成されるたぬき玉が露わになる。
うひょう。こんなの、たぬきギフトセットじゃん。
ありがたく頂戴して、寝ているチビたぬき玉同士を接着剤でくっつけて動けなくする。
頬と頬、腕同士を接着し、手の内側にも接着剤を塗ってしっぽを抱えたままで固定させた。
クッキー缶を再び被せて、遠くから見守る。
後は親たぬきが目を覚ますのを待つだけだ。
「ムニャ…し…よく寝たしぃ…」
しっぽを抱いて寝ていた親たぬきが目を覚ます。
「チビ達ぃ…おひるね終わりだし…水浴びいくしぃ…ﾀﾞﾇｯ！？」
目を擦った後、モチモチとクッキー缶を持ち上げると。
「ｷｭ…ｷｭ…ｷｭｩｩ…」
「ｸﾞｸﾞｪ…ｷﾞｭｳ…」
「……ｷｭｴ……」
クッキー缶の下には、苦しそうな声をあげるチビたぬきリングが出来上がっていた。
完全に接着されてしまっているので、たぬき玉からチビたぬきに戻れなくなっている。
ぷるぷると小刻みに震えて、小さな悲鳴をあげるしかない。
「ｷｭ…ｷｭｵｴ…」
「ｷｭﾕｼ…」
「ﾀｷｭ…ｹﾃｼ…」
「えっえっ…し…これどうしたら良いし…！？」
親たぬきはちびたぬきリングを前にして、オロオロと立ち往生する。
完全に一個の集合体と化していて、たぬきの手では剥がす事など出来やしない。
接着剤でくっついている事もわからないし、剥がし液の存在など一生知る事もないだろう。
たぶんチビ達はこのままで、餌を食べられずに死ぬだろうな。
排泄も抱きしめたしっぽに邪魔されると思う。
色々大変だと思うけど頑張ってほしい。
チビたぬきリングの出来栄えと、親の反応に満足して帰る事にする。
「だっ…だれか！だれか助けてしぃ！うちのチビを、助けてしぃーーー！」
後方から聞こえてきた悲痛な叫びは、自分以外の誰も気に留めないだろう。


次の日通りかかったら、チビたぬきリングとその親がまだそこに居た。
「がんばるし…チビ…死なないでし…」
ちょうどチビたぬきリングの中央に収まるサイズのプラ製の皿に水を入れ、チビ達に飲ませていた。
チビ達は短い舌を出しながらｷｭ…ｷｭ…と弱々しく水を舐めているようだった。
輪の内側にチビ達の顔が並んでいるので工夫すれば食べたり飲んだりは出来るのか。
しまったなぁ。口も接着すれば良かったかと後悔する。
「待っててし…今度はごはん取ってくるし…」
親はきょろきょろと辺りを見渡してから、クッキー缶を隠してエサを取りに行ってしまった。
1匹を、あるいは全ての子の両頬を犠牲にしてでも剥がした方が良いという判断は出来なかったのだろう。
もしそうなっていたら頬の傷はそのまま、背中合わせに接着するつもりだ。
だが、チビたぬきリングはあのまま成長しても幸せにはなれないだろう。
行く末を案じてチビたぬきリングをクッキー缶に入れ、蓋を横に並べた場所は少し離れた所にあるゴミステーションだ。
しばらくして、親のたぬきが小さな木の実を抱えて戻ってきた。
「あれ…チビ達どこだし…？」
出て行った時と同じようにきょろきょろと周囲を見渡すうちに、ゴミ収集車がやってくる。
親たぬきは道の端に寄り、ゴミ収集車を見送った際、視線の先に見覚えのあるクッキー缶を見つけた。
収集業の職員は一瞬、持ち上げたクッキー缶の中を見て嫌そうな顔をしたが、見なかった事にするようにクッキー缶に蓋をして収集車の中に放り込む。
「チビ達のおうち…何でそんなとこにあるし！？」
どういう事かは理解しているらしく、たぬきは悲鳴を上げた。
「あっ、それゴミじゃないですし！大事なチビ達が入ってますしぃぃーー！」
たぬきの絶叫は無視され、収集車は次の目的地へと走り出す。
もうダメになってると思うが、拙い足取りで必死に追いかける親の姿は美しい。
「ちっちっ、チビッ…チビぃぃーーー！」
追いかける事に必死になるあまり、信号も見ず交差点を飛び出して、直進するトラックに頭を潰されて親たぬきも子の後を追っていった。
リポップ先で再会出来るといいなと思いながら、次のたぬき玉を探しに行く事にした。




また別の人間が、ダンボールを抱えて歩いていた。

ダンボールの箱には、チビたぬきが3匹。
小さなたぬき玉を作って眠りこけている。
睡眠薬入りのエサを親のエサ探し巡回ルートに置けば、親たぬき共々何の疑いもなく平らげてくれた。
親だけ残して、チビたぬき達だけ寝床のダンボール箱ごと持って来たのだ。
今日はこいつらを使って遊ぼう。
色々考えた結果、この中の1匹だけを茹でて戻す事にした。
パスタを茹でるような大きい寸胴鍋を用意し、グツグツと煮えたぎる熱湯の中に、お玉に載せても無防備に寝ているチビたぬきを沈める。
すかさず鍋の蓋を閉じて、しばらく置いておく。
どれだけ暴れようとチビの大きさでは蓋まで手が届かないし、抗議の鳴き声は蓋によって封殺されていた。
透明な蓋の中を覗き込むと、ばちゃばちゃばちゃ！お湯を跳ねさせて、幼い顔を苦痛に歪めるチビたぬきと目が合う。
手を振ってやると、助けてもらえない事に絶望しながら動かなくなる。
ただ、たぬきは持ち前の図太さで生命力だけは高いのでたぬき寝入りの可能性も考え、そのまま沸騰した状態で10分待つ。
美味しくいただく訳ではないので、念入りに火を通しておくのが肝心だった。


後で氷と塩を入れたボウルで締めてやれば、安らかな死に顔で気をつけの姿勢のまま固まったチビたぬきの出来上がりだ。
外見上はそのままだ。呼吸をしていない事を除けば寝ているように見えなくもない。
この時に微かにでも震えたり鳴き声をあげると台無しなので、
むにむにと胴体を揉んだり髪やしっぽの毛を思い切りちぎって反応を伺う。
微動だにしない。
よし、完璧だ。
他のチビ達もまだ寝ているから、目を覚ます前に元の場所に戻そう。


そして、ダンボール箱の寝床は何事もなかったかのように元の場所へ返される。
たったひとつの、大きな異変を除いて。


「ｷｭ…ｷｭｳ~~ﾝ…」
目に涙をためてあくびをしたチビたぬきが、そろそろ起きるし、と他の姉妹の身体を揺らす。
「ｷｭｷｭｳ…ｷｭ!」
おはようし…といった様子でもそもそと動き出す姉妹を確認するが、もう1人が起きてこない。
姉妹の中で1番しっかり者の、おねえちゃんたぬきだった。
姉妹が不思議そうに揺するが、茹でられた姉妹が二度と動く事はない。
「ｷｭｷｭ…ｷｭｳｰ…」
寂しそうに鳴き、動かぬ姉妹の頬をモチモチしようとして、その感触に驚いて飛び退く。
死後硬直により、冷たく固くなってしまっていた。



「あっ…チビ達いたし！」
疲労困憊といった様子の親たぬきが現れ、一見無事な我が子らを見て、ほっと表情を明るくする。
目覚めてから、ずっと探し続けていたのだろう。
足も服もボロボロに擦り切れていた。
「なんだし…帰ってきて良かったし…何だし？チビ？」
チビたぬき達は親たぬきに泣きつき、茹でられた姉妹を指し示す。
「ｷｭｳｷｭｳﾝ…！」
「ｷﾞｭｯｷﾞｭｰｰｰ!」
「どうしちゃったし…？なんで起きないし…？」
揺すってみるが、モチモチしていない我が子はやはり冷たく固く、一向に目を覚ます気配はない。

「…きっと、疲れちゃったんだし…そうだし…後で目を覚ますし…」
言い聞かせるように、親たぬきは残るチビたぬき達の頭をやさしく撫でる。
親たぬきは、理由は分からずとも我が子がとっくに旅立ってしまったんだと理解しているようだった。
その日の夕飯は、ちょっと固いけどたくさんのお肉だった。
チビ達は噛めないので、親が咀嚼して柔らかくしたものを啜った。
「残されたお前達が大きくなるし…それしかないし…」


そして。
この様子を見ていた人間は数日の間隔をあけてチビたぬきを1匹ずつ茹でて動かなくしていった。
昨日は大丈夫だったはずが、いきなり姉妹が動かなくなっていく恐怖に怯える最後のチビは、離さないよう抱きしめていたはずなのに。
急にチビ達が喋らなくなったと思ったら、こてん、と横に倒れて硬直する悪夢にうなされ、目が覚めた時。
最後のチビも、親たぬきの傍らで仰向けになり、手をお腹に置いて冷たく固くなっていた。
愛するチビを全て失った親たぬきは、心を壊して我が子の幻影を求めて彷徨うようになっていったーーー。


「あの…すみませんし。うちのちびを、知りませんかし…？」
この街では、よくある光景だった。

オワリ



